「院内感染」著者、富家恵海子さんのお別れの会

「院内感染」という言葉をご存知でしょうか? 新聞やテレビで医療事故として報道されるのを耳にしたことがあるのではないかと思います。

病院の入院病棟や老健施設で患者や入所者がもともとは持っていなかった病原体に感染してしまうことで、施設内に爆発的に感染者が出ることもあります。恐ろしいのは抗生剤が効かないように変異した「薬剤耐性」を持った菌で、本来は何でもない細菌やウィルスでも手術後の患者や高齢者など体が弱っている人には命の危険が及ぶことが少なくありません。

<ウィキペディアによる説明>————————
院内感染(いんないかんせん、Hospital-acquired infection, Nosocomial infection)とは、病院や医療機関内で、新たに細菌やウイルスなどの病原体に感染すること。病院外での感染を表す「市中感染」と、対を成す用語である。特に薬剤耐性の病原体や日和見感染 (Opportunisitc infection) によるものを指す場合が多い。
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この言葉が一般に知られるようになったのは1990年に出版された「院内感染」とその2冊の続編によるものでした。著者は医者でも研究者ではなく、夫を院内感染で亡くした一人の女性でした。夫を手術成功後のMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)感染によって突然失い、その原因を解明した克明なレポートが1冊の本にまとめられ、ベストセラーになったのです。(清水美砂・名取裕子主演でテレビドラマにもなりました)

著者のお名前は富家恵海子(とみいええみこ)さん。院内感染の問題を指摘し、対策の必要性を訴え続けて、全国の医療機関に専門のチームや専門医の設置を後押ししてきました。医師が書いた本でもないのに、感染防止に取り組む医療者の間でその著書は今でも「バイブル」と呼ばれているそうです。

実はそれまでは病院内での感染症対策は重視されていませんでした。安全で清潔と思われている病院内は、実は様々な患者が持ち込む病原体が集まり、抗菌剤の濫用で「薬剤耐性」を身に着けた耐性菌が生息する危険な場所だったのです。特に手術後の弱った体で抗がん剤や免疫抑制剤などを投与された患者は、普段は無害な菌にも容易に感染して命を落とす危険があるといいます。

夫の死の真相を徹底的に追及して原因が院内感染とわかった富家さんは、出版後も全国各地での講演などを通じて感染症対策の推進に力を尽くしました。抗生物質が効かない耐性菌を増やさないために安易に抗生剤を用いないことをはじめ、感染制御チームの組織化や感染対策マニュアルの整備から、手洗いや器具の消毒といった地味な対策まで、医療関係者と一緒になって啓発活動を続けられました。

富家さんは残念ながら去年の年末に亡くなりました。

お別れの会が先月 四ツ谷の主婦会館で行われ、ご縁があって私がフォトムービーを制作させていただきました。お別れの会は高校時代の同級生の方たちと生前勤務していた会社の方たちが主催され、医療関係者を含む大勢の方が富家さんの面影をしのびました。

富家さんが亡くなった後も「院内感染対策」という立派な遺産を残して社会に貢献されていることに、私は改めて深く心を動かされました。大切な夫の命と引き換えに得られた経験ですから、真似しようにもできることではありませんが、果たして自分は死後に何が残せるだろうかと自問せずにはいられませんでした。

富家恵海子さんの功績に感謝するとともに、ご冥福をお祈りいたします。

ところで、富家さんの息子さんは富家 哲(Satoshi Tomiie)さん。ニューヨーク在住で、アメリカやヨーロッパで活躍する、日本人クラブDJの草分けです。豊かな才能は遺伝して、音楽界で花開いたのですね。お別れの会では隣に座ってお話させてもらったのですが、とってもカッコ良かったです!
(サトシ・トミイエさんのウィキペディア:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E5%AE%B6%E5%93%B2